松本宗篤さんは、ヴァレクストラジャパンやボルサリーノジャパン、ブルーノマリジャパンなど、数々のヨーロッパのラグジュアリーブランドの日本法人のCEOを務めた人物です。
20代で会社を設立後、持ち前の経営手腕を発揮し多くの実績を残しています。
数々のラグジュアリーブランドの経営者とも交流がある松本宗篤さんですが、現在の活動には謎も多く、ベールに包まれています。
そこで本記事では、松本宗篤さんの学歴や経歴をもとに、そのやばい人生についてまとめました。
松本宗篤さんの現在の活動についても触れていますので、気になる方はぜひお読みください。
松本宗篤さんは、ヨーロッパのラグジュアリーブランドの日本法人を複数創業し、CEOも務めた実業家です。これまでにブルーノマリジャパンやヴァレクストラジャパン、ボルサリーノジャパンなど、数々のブランドの運営に携わっていたことでも知られています。
世界各国で会社を設立したり企業を買収したりするなど、これまでに非常に多くの実績がある高い経営手腕の持ち主です。
また、ヨーロッパのラグジュアリーブランドの経営者とも交流があり、高い信用を得ています。
現在は代表を務めていた各ブランドをイグジットしていますが、現在もブランド上層部から運営に関するアドバイスを求められることもあり、人望が厚い人物だと言えるでしょう。
現在はイタリアやフランスで生活しながら、環境問題にも積極的に取り組んでいるとの情報があります。
しかし、実際の活動内容は謎に包まれているのが現状です。
松本宗篤さんのプロフィールは以下のとおりです。
名前 | 松本 宗篤 |
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読み | まつもと むねあつ |
生年月日 | 1972年8月17日 |
出身地 | 東京都 |
居住地 | イタリア(ミラノ)、フランス(パリ)、日本 |
最終学歴 | ペパーダイン大学(アメリカ・カリフォルニア) |
血液型 | A型 |
身長 | 180cm |
松本宗篤さんは、ラグジュアリーブランドの日本法人の代表を務めるなど、実業界やファッション業界では名の知れた人物です。
ブランドのマネジメントや、企業への投資を行うようになったのは、1998年に貿易会社を設立したのがきっかけです。当時、松本宗篤さんはまだ20代半ばでした。
貿易会社を設立後は、日本国内だけでなくアジア、アフリカ、ヨーロッパにも拠点を拡大しています。
その頃から、企業への投資やM&Aなどの経営戦術を積極的に取り入れるようになっていきました。
その後、2005年にはイタリアで創業されたブルーノマリの日本法人にて、代表取締役と共同オーナーに就任しました。
それを機に、次々に様々なラグジュアリーブランドの日本法人を設立し、CEOに就任するなど華々しくやばい人生を歩んでいます。
ここで、松本宗篤さんの学歴についてみていきましょう。
松本宗篤さんは、日本でもトップクラスの偏差値を誇る、明治大学付属中野高校を卒業しています。
その後、アメリカへ留学しました。
アメリカ留学ではまず、ロサンゼルスの語学学校に通い英語を身に付け、その後カリフォルニア州のオレンジコーストカレッジへ入学しました。
オレンジコーストカレッジは、世界で最も美しいと言われる南カリフォルニアのビーチからほど近い場所にある学校で、そのロケーションの良さが人気となっています。
周囲の治安も良く、アメリカ名門大学への高い編入率を誇る点が魅力の学校です。
松本宗篤さんは、そんな環境の良いオレンジコーストカレッジで学んだのち、ロサンゼルス郊外のマリブ市にあるペパーダイン大学へ進学します。
ペパーダイン大学は、太平洋を一望できる広大な高台に位置する中規模の大学です。
施設充実度は全米屈指と言われており、世界各国から学生が集まる、国際色豊かな大学としても知られています。
松本宗篤さんは、ペパーダイン大学でレガッタ部のレギュラーメンバーとして活躍したほか、ここで知り合ったフランス人の影響でファッションの世界に興味を持つようになりました。
その後ファッションブランドの法人設立に携わっていることからも、アメリカ留学での出会いや経験が、松本宗篤さんの生き方に大きな影響をもたらしたと言えるでしょう。
松本宗篤さんは世界的に有名な複数のラグジュアリーブランドの社長やオーナーと交流があります。
その相手はグッチ、プラダ、フェラガモ、ドルチェ&ガッバーナ、ボルサリーノなど、国内外のファッション業界の著名人ばかりです。
中には、松本宗篤さんが経営する会社のコンサルタントを務めていたことがある人もおり、松本宗篤さんに合いそうな案件を紹介するなど、深い交流があることが分かります。
ほかにも日本の経済界にも高校からの友人がいるなど、松本宗篤さんは幅広い人脈を持つコミュニケーション能力の高い人物であると言えるでしょう。
松本宗篤さんは1998年に20代半ばで貿易会社を設立したのち、これまでに数々のラグジュアリーブランドの日本法人を創業し、CEOを務めてきました。
詳しい経歴について、以下でご紹介します。
ブルーノマリ(BRUNOMAGLI)は、1936年にマリーノ、ブルーノ、マリーアのマリ三兄弟がイタリアのボローニャで創業したブランドです。
メンズ・レディースシューズと時計を中心に、レザーバッグ等のファッション小物も取り扱っています。
ブルーノマリの靴は、特殊開発された形状記憶スポンジが使用されており、長時間履いていても疲れにくいと人気を集めています。
イタリアだけでなく、世界の王室やセレブにも愛用されている、世界的なラグジュアリーブランドです。
そんなブルーノマリの日本法人は2003年に設立され、松本宗篤さんが共同オーナーと代表取締役に就任しています。
ブルーノマリジャパンが日本で成功したのがきっかけとなり、松本宗篤さんはヨーロッパにあるラグジュアリーブランドから日本進出のオファーを多く受けるようになりました。
ヴァレクストラ(VALEXTRA)は1937年にイタリアのミラノで誕生し、ハンドバッグや財布といったレザーアイテムを扱っています。
なかでもバッグ「PREMIER」は、ニューヨーク近代美術館(MOMA)に永久展示されるなど、名品バッグを数多く輩出している有名ブランドです。
上質なレザーと、シンプルかつ洗練されたデザインが人気です。
「イタリアのエルメス」とも言われており、名だたるセレブたちに愛されていることでも知られています。
イタリアや日本だけでなく、ニューヨーク、香港、韓国、中国、台湾など、各国にブティックを構えています。
松本宗篤さんは2008年に、ヴァレクストラの日本法人となるヴァレクストラジャパンを設立し、2020年までCEOとして実績を残してきました。
ジャンヴィトロッシ(Gianvito Rossi)はイタリアのシューズブランドです。
イタリアの最も有名な靴づくり地区「サン・マウロ・パスコリ」の伝統や職人技、ノウハウを忠実に守り続けた靴づくりをしており、現在も60もの工程を経て一つのクラシックパンプスを作っています。
創業は2007年とデビューして間もないブランドですが、上品でエレガントなデザインと履きやすさが人気を集めています。
また、新素材であるカーボンファイバーをソールに使用した軽量のサンダルも話題となりました。
松本宗篤さんは2009年に、日本法人であるジャンヴィトロッシジャパンを設立し、CEOに就任しています。
そして現在は、東京、京都、大阪にブティックを構えるほか、全国のセレクトショップにて商品が販売されています。
松本宗篤さんは、世界で最も有名な帽子ブランドとも言われるボルサリーノ(Borsalino)の日本法人も設立し、CEOに就任しています。
ボルサリーノは、1857年にジュゼッペ・ボルサリーノが、イタリアのアレッサンドリアで創業した老舗ブランドです。
ハリウッド映画に数多く登場しているほか、「ルパン三世」で射撃の名手として知られる次元大介が愛用する帽子としても有名です。
伝統的な機械や道具を使った製法にこだわりがあり、創業以来150年以上にわたって職人が手作業で帽子を作っています。
その確かな品質には信頼も厚く、愛用者が多い、世界トップクラスの帽子ブランドです。
ジュゼッペ・ボルサリーノが考案した、指で帽子の正面を挟めるくぼみが入った形状は世界中で人気となり、大ブームとなりました。
これにより「ボルサリーノ」の名称はオックスフォード英語辞典に掲載されるまでになりました。
そして、松本宗篤さんがボルサリーノジャパンのCEOに就任したことで、松本宗篤さんの存在がイタリアにおいても知られるようになったと考えられます。
2024年現在、松本宗篤さんは「ブルーノマリ」「ヴァレクストラ」「ジャンヴィトロッシ」「ボルサリーノ」のCEOからは退任しています。
また、現在は日本だけでなく、イタリアやフランスを行き来しながら、新しいファッションブランドのブランディングに注力しているという情報もあり、ファッション業界での活動は続いている様子です。
さらに、環境問題へも積極的に取り組んでいるようですが、詳しい活動は非公表となっています。
ヴァレクストラジャパンは2008年に松本宗篤さんたちによって設立され、2020年まで松本宗篤さんがCEOを務めていました。
松本宗篤さんの経営する会社のコンサルタントを務めていたラグジュアリーブランドの元社長が、ヴァレクストラ本社のコンサルタントもしていたことから、松本宗篤さんとヴァレクストラを繋ぎ、日本法人の設立が実現したのです。
2020年に、ヴァレクストラジャパンは松本宗篤さんが関係する投資会社によって、ヴァレクストラのイタリア本社に株式を売却されています。
しかし、その後もヴァレクストラの経営戦略に関するアドバイスを求められることも多く、現在も関わりがあると言われています。
現在に至るまで松本宗篤さんが本社からアドバイスを求められるのは、それまでに培った強固な信頼関係の影響が大きいと言えるでしょう。